新大久保・明治通り付近
金刺哲生が覆面パトカーから降りると、周囲にいた若い警官
たちは怪訝そうな視線を向けてきた。この男は何者だ?そんな
目だ。スーツの上から、キルティングのハーフコートを羽織り、
気難しそうな目を周囲に配る彼は一流商社のやり手管理職の
ような風囲気を持っていた。
「あ、ちょっと、君」近くにいた若い警官に声を掛けた。
「ここの責任者はどこ?」
若い警官の目は明らかに部外者扱いだ。横にいたベテランの
同僚に耳打ちされて、彼の顔色はみるみるうちに変わった。
「只今、呼んで参ります」
裏返った声で返事をすると脱兎の如く、その場から走っていっ
た。警視庁管内から集められた選りすぐりの四百名近い捜査員
を指揮、管理する捜査一課々長の顔を知らない者ことなど気に
している暇はなかった。ものの一分もしないうちに、じゃがいもが
転がってくるような走り方で初老の男がやってきた。新宿署捜査
課長の石見だ。突き出た腹を弾ませながら、「ご苦労様です」と
頭を下げてきた。定年まであと何年もない。金刺よりも遥かに先
輩だ。だが同じ捜査課長といえども、立場は金刺の方が遥かに
上だ。警察組織も団塊世代が定年を迎え、幹部も若返り傾向に
ある。金刺も五十歳手前で、今の職に抜擢された。捜査一課長は
激務だ。年配では身体が持たない。その激務ゆえ任期も一年、長
くてニ年ほどだ。精神的ゆとりは皆無だ。自然と剣呑な顔つきにな
ってくる。家族から顔つきが変わったと指摘されたときは、金刺も
愕然とした。
「何か進展はありますか?」
挨拶もそぞろに、本題に入った。物腰は丁寧だ。立場は上でも
先輩に対する敬意はわきまえている。それでも相手は腫れ物に
でも触るような態度で接してくる。所轄にとって、本庁の管理職
は突然やってくる豪雨のようなものだ。いきなり現れては捲し立て
去っていく。頭を低くして通り過ぎるのを待つしかない。金刺もか
つてはその立場を経験した。気持ちは分かる。警察という組織は
上にいくほど、一般企業の管理職に似通ってくる。机に座り、会議
に出る時間が増えてくると、猟犬だったときの生臭さが抜けてくる。
実力よりも根回しや駆け引きが重要視されてくる。その典型が刑
事部長の塙だ。
石見は、その言葉を待ってましたといわんばかりに意気揚々と
話した。
「付近の工場に、手配中の人相に一致した人物が侵入するのを
目撃したとの情報を得ました」
「工場というと、今は稼動しているのですか?」
「一週間ほど前に倒産しています。今は閉鎖されているそうです。
うちの人間を向かわせて、確認させているところです」
手抜かりはない。胸を張って、石見は言った。
さきほどの若い警官が戻ってきた。何か言いたげな顔で、金刺
と石見のやり取りを伺っている。石見が堪らなくなり、問いかけた。
「何だ!何か用か?」
「それが・・・・・・」警官は言葉を詰まらせた。
「何なんだよ!」じれったそうに、石見が先を促す。
若い警官は言葉を縺れさせながら。
「はい。例の工場を捜索に言った戸塚班から連絡が入りまして。
ひとり行方不明になっているそうです」
新宿区・明治通り
和比佐史は助手席で腕を組み、じっと正面を見据えていた。
和の乗る作戦指揮車と、隊員を乗せた輸送車の車列は明治通り
を走っていた。新大久保の現場が近づいてくると、赤色灯を点滅し
たパトカ−の群れが出迎えてくれた。暗闇の中で光る鮮やかな赤
は禍々しい毒花が咲き乱れているようで、気持ちがいいものでは
なかった。
「こりゃ、すごいわ」
運転担当の隊員が声を上げた。
「管理官、東京中のパトカ−が集まったみたいですね」
呑気な言葉に返事をする気にもなれず、無視した。隊員は上司
の機嫌を損ねたと思ったのか、その後はひと言も言わずにハンドル
を握った。
捜査一課特殊班。通称SIT(Special・Investigation・Team)。
和は、班に所属する二名いる管理官のひとりだ。
新大久保で、警察官を含む三名が殺害。被疑者は逃走中との
一報が入り、捜査一課長から待機の指示を受けた。その後、現場
付近で警察官一名が行方不明。直ちに出動するよう指示が下っ
た。和は実行部隊である第一係を率いて、現場に向かっていた。
釈然としないものがあった。被疑者の姿・犯人像が見えてこない。
最初、在日韓国人を含む二名を刺殺した。そのうちの一人は拳銃
を発砲していた。その後、現場に居合わせた警察官を刺殺。警察官
は拳銃を抜く間もなく、一撃で仕留められている。そして、不審者の
目撃情報を元に、捜索に入った警察官が行方不明になった。万が一
その警察官も同一犯によって何らかの危害が加えられたとしたら、
相手は相当の戦闘技術を持つ者といえる。ただ、成り行きで人殺し
をした者にできることではない。相手で判っていることは、黒いフ−ド
付きパ−カ−を着ている。凶器の刃物を所持している。それだけだ。
年齢性別は不明。不気味だった。仮に、その被疑者が工場内に潜
んでいるとすれば、厄介になる。
黒いパ−カ−を着た影が、フ−ドの下からニヤリと歯を見せて笑っ
ている。そんなイメ−ジが浮かんだ。不安な影を拭い去るように、
和は両手で、自分の顔をごしごしと擦った。
続 く
金刺哲生が覆面パトカーから降りると、周囲にいた若い警官
たちは怪訝そうな視線を向けてきた。この男は何者だ?そんな
目だ。スーツの上から、キルティングのハーフコートを羽織り、
気難しそうな目を周囲に配る彼は一流商社のやり手管理職の
ような風囲気を持っていた。
「あ、ちょっと、君」近くにいた若い警官に声を掛けた。
「ここの責任者はどこ?」
若い警官の目は明らかに部外者扱いだ。横にいたベテランの
同僚に耳打ちされて、彼の顔色はみるみるうちに変わった。
「只今、呼んで参ります」
裏返った声で返事をすると脱兎の如く、その場から走っていっ
た。警視庁管内から集められた選りすぐりの四百名近い捜査員
を指揮、管理する捜査一課々長の顔を知らない者ことなど気に
している暇はなかった。ものの一分もしないうちに、じゃがいもが
転がってくるような走り方で初老の男がやってきた。新宿署捜査
課長の石見だ。突き出た腹を弾ませながら、「ご苦労様です」と
頭を下げてきた。定年まであと何年もない。金刺よりも遥かに先
輩だ。だが同じ捜査課長といえども、立場は金刺の方が遥かに
上だ。警察組織も団塊世代が定年を迎え、幹部も若返り傾向に
ある。金刺も五十歳手前で、今の職に抜擢された。捜査一課長は
激務だ。年配では身体が持たない。その激務ゆえ任期も一年、長
くてニ年ほどだ。精神的ゆとりは皆無だ。自然と剣呑な顔つきにな
ってくる。家族から顔つきが変わったと指摘されたときは、金刺も
愕然とした。
「何か進展はありますか?」
挨拶もそぞろに、本題に入った。物腰は丁寧だ。立場は上でも
先輩に対する敬意はわきまえている。それでも相手は腫れ物に
でも触るような態度で接してくる。所轄にとって、本庁の管理職
は突然やってくる豪雨のようなものだ。いきなり現れては捲し立て
去っていく。頭を低くして通り過ぎるのを待つしかない。金刺もか
つてはその立場を経験した。気持ちは分かる。警察という組織は
上にいくほど、一般企業の管理職に似通ってくる。机に座り、会議
に出る時間が増えてくると、猟犬だったときの生臭さが抜けてくる。
実力よりも根回しや駆け引きが重要視されてくる。その典型が刑
事部長の塙だ。
石見は、その言葉を待ってましたといわんばかりに意気揚々と
話した。
「付近の工場に、手配中の人相に一致した人物が侵入するのを
目撃したとの情報を得ました」
「工場というと、今は稼動しているのですか?」
「一週間ほど前に倒産しています。今は閉鎖されているそうです。
うちの人間を向かわせて、確認させているところです」
手抜かりはない。胸を張って、石見は言った。
さきほどの若い警官が戻ってきた。何か言いたげな顔で、金刺
と石見のやり取りを伺っている。石見が堪らなくなり、問いかけた。
「何だ!何か用か?」
「それが・・・・・・」警官は言葉を詰まらせた。
「何なんだよ!」じれったそうに、石見が先を促す。
若い警官は言葉を縺れさせながら。
「はい。例の工場を捜索に言った戸塚班から連絡が入りまして。
ひとり行方不明になっているそうです」
新宿区・明治通り
和比佐史は助手席で腕を組み、じっと正面を見据えていた。
和の乗る作戦指揮車と、隊員を乗せた輸送車の車列は明治通り
を走っていた。新大久保の現場が近づいてくると、赤色灯を点滅し
たパトカ−の群れが出迎えてくれた。暗闇の中で光る鮮やかな赤
は禍々しい毒花が咲き乱れているようで、気持ちがいいものでは
なかった。
「こりゃ、すごいわ」
運転担当の隊員が声を上げた。
「管理官、東京中のパトカ−が集まったみたいですね」
呑気な言葉に返事をする気にもなれず、無視した。隊員は上司
の機嫌を損ねたと思ったのか、その後はひと言も言わずにハンドル
を握った。
捜査一課特殊班。通称SIT(Special・Investigation・Team)。
和は、班に所属する二名いる管理官のひとりだ。
新大久保で、警察官を含む三名が殺害。被疑者は逃走中との
一報が入り、捜査一課長から待機の指示を受けた。その後、現場
付近で警察官一名が行方不明。直ちに出動するよう指示が下っ
た。和は実行部隊である第一係を率いて、現場に向かっていた。
釈然としないものがあった。被疑者の姿・犯人像が見えてこない。
最初、在日韓国人を含む二名を刺殺した。そのうちの一人は拳銃
を発砲していた。その後、現場に居合わせた警察官を刺殺。警察官
は拳銃を抜く間もなく、一撃で仕留められている。そして、不審者の
目撃情報を元に、捜索に入った警察官が行方不明になった。万が一
その警察官も同一犯によって何らかの危害が加えられたとしたら、
相手は相当の戦闘技術を持つ者といえる。ただ、成り行きで人殺し
をした者にできることではない。相手で判っていることは、黒いフ−ド
付きパ−カ−を着ている。凶器の刃物を所持している。それだけだ。
年齢性別は不明。不気味だった。仮に、その被疑者が工場内に潜
んでいるとすれば、厄介になる。
黒いパ−カ−を着た影が、フ−ドの下からニヤリと歯を見せて笑っ
ている。そんなイメ−ジが浮かんだ。不安な影を拭い去るように、
和は両手で、自分の顔をごしごしと擦った。
続 く
| ホーム |



